金沢ふるさと偉人館

金沢ふるさと偉人館は、金沢ゆかりの「近代日本を支えた偉人たち」を展示する博物館です。               【旧偉人館雑報】 https://www.kanazawa-museum.jp/ijin/blog/index.html

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金沢ふるさと偉人館は、金沢ゆかりの「近代日本を支えた偉人たち」を展示する博物館です。               【旧偉人館雑報】 https://www.kanazawa-museum.jp/ijin/blog/index.html

マガジン

  • 令和4年度企画展

    金沢ふるさと偉人館 令和4年度企画展を紹介します。 前期:「中西悟堂 まぼろしの野鳥図鑑」 後期:「高峰譲吉没後100年記念展(仮)」

  • 雑報

    日々のアレコレ

  • ホップ・ステップ・ジャンプ!ー跳ぶ哲学者 大島鎌吉

    令和3年度後期企画展「ホップ・ステップ・ジャンプ!ー跳ぶ哲学者 大島鎌吉」(10/1~11/14)をもっと楽しんでもらうための様々な情報を発信していきます。 【大島鎌吉とは】 近現代における日本スポーツ界の振興に尽力した偉人です。 1932年ロサンゼルスオリンピックの三段跳び銅メダリストであり、ドイツ従軍記者として第二次世界大戦下の欧州を飛び回り、戦後は東京オリンピック選手団団長をつとめるほか、スポーツを通した青少年育成活動と平和運動に尽力したという、異色の経歴の持ち主です。 平和に基づくスポーツ思想と国内外をまたにかけた縦横無尽の活動から、「跳ぶ哲学者」「アジアのカール・ディーム」「東京オリンピックをつくった男」「プロフェッサー・オーシマ」「学生スポーツの父」など様々な異名を併せ持ちます。

  • 渋沢栄一と金沢の偉人

    大河ドラマ「青天を衝け」に便乗して、渋沢栄一と関わりの深い金沢の偉人とその逸話について紹介します。

  • 企画展 徳田秋聲生誕150年記念「『光を追うて』に見る金沢」

    令和3年度企画展「徳田秋聲生誕150年記念『光を追うて』に見る金沢-徳田秋聲と桐生悠々-」(4/24-9/12)に関する記事をまとめたものです。

最近の記事

【図録発刊記念】もうひとつの『原色野鳥ガイド』

さて、先々月に会期が終了した企画展「中西悟堂 まぼろしの野鳥図鑑」ですが、この度、企画展の協力団体である『原色野鳥ガイド』研究会さんより   図録『幻の野鳥図鑑『原色野鳥ガイド』中西悟堂・企画 小林重三・画』 A4判 160ページ、うちカラーが72ページ 定価:3,000円(税込)   が発刊されました~~~!!!🎉   事前予約をされた方は既にお手元に届いていると思いますが、 偉人館のミュージアムショップでも販売が始まりましたーーー!!🐣   企画展では期間ごとにバラバラ

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    • ⑥稀代の鳥類画家・小林重三 後編

      前回は重三の生い立ちと鳥類画家としてデビューする経緯まで、駆け出し時代の重三について見てきました。 後編では、鳥類画家として八面六臂の活躍を始める重三と悟堂とのかかわりについてみていきましょう。 松平頼孝の鳥類図鑑構想さて、鳥類学者・松平頼孝が重三を雇ったのは、頼孝が自らの収集した標本をつかった鳥類図鑑を完成させるためでした。 重三に経験値を積ませるために、時に諸外国の鳥類図鑑を取り寄せて絵のタッチを勉強させ、時にフィールドワークに連れていくなど、重三を手塩に掛けて育てます

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      • ⑤稀代の鳥類画家・小林重三 前篇

        会期終了まであと1週間を切りました。 大変ありがたいことに、昨日までの時点で本当に多くの方が全国から鳥の絵を見に来てくれております☺ おかげさまでグッズの売れ行きも上々…   それはさておき、前回からまた一か月以上も空いてしまい申し訳ございません…。 今回のテーマは、本企画展もう一人の主人公である小林重三について。 企画展では「稀代の鳥類画家」としての側面を簡単に触れているだけですので、小林が辿ってきた人生について掘り下げていきましょう。   小林重三の生い立ち 明治20年

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        • 持明院の妙蓮 2022

          多頭蓮(たとうれん)という言葉を聞いたことはありますか? 多頭、つまり複数の頭を持つ蓮…というと、なんだか八岐大蛇とかケルベロスみたいなのを想起しますが、まさにその通り。 県の天然記念物にも指定されている妙蓮は多頭蓮の一種で、国内で見ることができるのは金沢の持明院(蓮寺)と滋賀県守山市の近江妙蓮公園の2か所だけ。 とても珍しく、貴重な種であることがよく分かります。 で、なしてその蓮のことについて偉人館の雑報で取り上げたのかというと、 実は持明院の妙蓮が天然記念物に指定さ

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          偉人館でつながるご縁-山本良吉と藤岡作太郎-

          偉人館に届いた一通の手紙。 それは偉人のご遺族からのものでした。 偉人館のテーマは「近代日本を支えた偉人たち」ということで、明治~昭和期にかけて活躍した金沢ゆかりの偉人たちを広く展示・顕彰しています。 同時代を生きていた関係で、生前交流の深かった偉人たちも少なくありません。 特に「明治三年の奇跡」のコーナーの偉人たち―北條時敬・鈴木大拙・藤岡作太郎・西田幾多郎・井上友一・山本良吉―は、石川県専門学校・第四高等中学校時代に北條時敬から教えを受けた生徒たちであり、彼らの交流は

          ④野鳥の会の面々-悟堂と豪華な仲間たち-

          見る人が見たら「おぉー…」と唸る面々が集まっているサムネイルの写真。 こちらは「野鳥の会創立満五周年記念座談会」の集合写真です。 この座談会の様子は雑誌『野鳥』第六巻第六号~八号(昭和14年)に連載されました。 なお、この座談会が行われた銀座「さんみや」は、鴨料理のお店だったりします。 大らかな時代ですね。 写真に写っているのは、悟堂のほかに   堀口守   編集・速記者 小杉放庵  画家 歌人 堀内讃位  写真家 「さんみや」店主 清棲幸保  鳥類学者 華族(伯爵)

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          ③悟堂と『野鳥ガイド』

          さて、一か月以上もご無沙汰してしまいました…。 皆さん前の内容は覚えておられますかね?私はうろ覚えです。   色々締切に追われる日々が少し収まってきたので、そろそろ本腰いれて更新していきますよー!…多分。(……可能であれば…)   悟堂と日本野鳥の会悟堂が日本野鳥の会(現・公益財団法人日本野鳥の会)を創設し、雑誌『野鳥』を刊行したのは、昭和9年(1934)の事でした。 創設時のメンバーをみてみると、名だたる鳥類学者の他、泉鏡花や柳田國男(民俗学者)、北原白秋(詩人)、荒木十

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          八田與一の通学路を歩く

          先日5月8日は、八田與一の命日でした。 八田與一は昭和17年(1942)5月8日、客船「大洋丸」でフィリピンに向かう途中、アメリカの潜水艦の攻撃を受けて殉職します。今年は没後80年の節目となります。 例年この日は台湾にて八田與一慰霊祭が執り行われ、日本からも関係者が参列していたのですが、ここ数年のコロナ禍により渡航は控え、今年は金沢ふるさと偉人館の庭にある八田與一胸像の前で慰霊祭が執り行われました。 慰霊祭は午後3時からだったのですが、午前中何をしていたのかというと、

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          ②中西悟堂というひと

          前回の更新日:4月24日   …えっ   あっという間に時間は過ぎていくものだなあと実感したところで、今回は企画展の主役である中西悟堂とはどういった人物なのか、少し掘り下げてみたいと思います。   「日本野鳥の会の創設者」「動物愛護や自然保護に尽力した偉人」として知られていますが、実は短歌や詩もたくさん残しており、歌人・詩人としても著名という多彩な才能の持ち主でした。 また、中々に強烈…ユニークなエピソードが満載且つ波瀾万丈な人生を歩んできた人物です。   ということで、悟堂

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          ①始まりにしてトリ 中西悟堂企画展紹介

          長らくサボ…昨日から始まった企画展準備に忙殺されて約1ヶ月ぶりの更新となりました。 今回も企画展時期に併せて、 『企画展をより楽しむための偉人講座』 を雑報で更新していきたいと思います。 始まる前から宣伝しとけっていう正論はスルーして、まずは企画展の主役を紹介します。 今回の主役は、「日本野鳥の会」の創設者でお馴染み 中西悟堂(1895-1984) 白山の国立公園への昇格や『鳥獣保護法』(昭和38年)などの法律制定のために奔走するなど、野鳥の愛護と自然環境の保全に生

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          ⑤時をこえて(終)

          金栗「え~…今度55年ぶりに、やって来ましたので。」 志ん生「いや~実に、長い道のりでした。走ってる間に、妻をめとり、六人の子と、10人の孫が、生まれました。ありがとうございました。」 ――第47回「時間よ止まれ」より 金栗四三がゴールして大団円を迎えた「いだてん」。 大河ドラマにしては珍しく(?)、大変晴れやかな最終回だったのが非常に印象的でした。 しかし、大島にとって東京オリンピックは開催=終了ではなく、むしろスタートでした。 「いだてん」最終回の先――大島のその後

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          ④平和の祭典(その8)

          大島「田畑さんが表にいてくれたらな…」 田畑「大島君、それを言われると、俺もつらい」 ――第46回「炎のランナー」より 聖火ランナー(第45、46回)いよいよ大会本番が近づく中、いよいよ聖火ランナーの選考がはじまります。 「いだてん」本編では、組織委員会では最終走者として日本スポーツ界のレジェンド・織田幹雄の名前が上がる一方、裏組織委員会(まーちゃん宅)ではこんなやり取りが。 田畑「待って待って。織田? 金栗? ジジイじゃんね~」 大島「いや…ですが、かつての名選手が走れ

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          ④平和の祭典(その7)

          菊枝「他紙はともかく、古巣の「朝日」まで田畑憎しの袋だたき……なぜ、田畑ばかりこんな…。」 松澤「奥さん…まーちゃんは、意外と嫌われているんです。」 岩田「あっ。」 菊枝「…でしょうね。」 ――第44回「ぼくたちの失敗」より ふたりの嫌われ者(第44回)発言が二転三転したり、TVでの横柄な態度(に見える様子)から世間のバッシングを受け、遂に国会にまで召喚されたまーちゃん。 あそこの伏線回収は唸るものがありました…。 あの国会審問の様子は、実際に議事録として残っておりますので

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          ④平和の祭典(その6)

          五りん「続きまして1932年ロサンゼルスオリンピックで!これまたね、三段跳びの選手でございますからね。大島鎌吉!」 大島「えっ、呼んだ?」 ――第42回「東京流れ者」より 「いだてん✕大島鎌吉」も、ここに至るまで記事にして12回…ようやく本編描写とリンクし始めました。 …いや長いよ!!もっと短くまとめろ馬鹿やろめ!! と、まーちゃんから怒られそうですが、あと数回、お付き合い頂ければ…(^^;) それでは、「東京オリンピックをつくった男」大島鎌吉の活動を見ていきましょう。

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          渋沢栄一と高峰譲吉 出会いと別れ(下)

          令和3年の内に上げるつもりが、もう新年始まって2週間以上経ってしまいました…。 新しい大河ドラマも始まってしまいましたが、引き続き栄一について見ていきましょう。 日米親善日露戦争後、アメリカでは日本の移民問題も重なって排日論が高まっていきます。こうした中で、栄一が実業団の代表として大統領や各地方の政財界の有力者たちと交流している本編で様子が描かれていました。 そんな栄一の活動をアメリカでサポートしたのが譲吉…という話は以前紹介しましたが、譲吉はこの他にもアメリカにおける日

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          ④平和の祭典(その5)

          平沢「その時がついに来ました。五輪の紋章に表された、“第五の大陸大陸”にオリンピックを導くべきではないでしょうか。 “アジア”に。」 ――第40回「バック・トゥ・ザ・フューチャー」より 昭和34年(1959)5月、まーちゃん達が平沢和重(星野源さん)に最終スピーチを担当して貰おうと1話かけて口説いている頃、大島もまたまーちゃんの頼みで招致成功に向けてロビー活動を展開していました。 大島がまーちゃんから頼まれた使命とは、東欧諸国の票固めでした。 東欧―それは当時東側諸国と呼

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